船上で1日1,500食を調理。クルーズ船で働く23歳女性料理人の仕事風景
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クルーズ船の厨房で働く23歳の料理人・橋本美夏さん。揺れる船上で1日に最大1,500食を仕込む段取りの工夫や、入社4年目で挑む後輩指導の難しさとは。船という特殊な現場で働く、若手料理人のリアルな仕事風景を紹介します。
東京湾をめぐるクルーズ船の厨房で、1日に最大1,500人分のオードブルを仕込む若手の女性料理人がいます。クルージングレストラン「シンフォニー」で働く、橋本美夏さん(23)です。
船上のレストランには、通常の調理現場とは違う制約があります。出港時間に合わせて組まれるシフト、揺れる船、追加の買い出しができない環境——。入社4年目の橋本さんはそうした特殊な職場で経験を積み、オードブルの仕込みを任されるだけでなく後輩の指導にも向き合っています。
限られた条件のなかで、どう段取りを組み、どう仕事と向き合っているのか。これから飲食業界を目指す人や、後輩を持ち始めた若手にも届けたい、等身大のインタビューをお届けします。
揺れる厨房で、平日は500食、土日は1,500食を仕込む
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橋本さんは、クルージングレストラン「シンフォニー」を運営するシーライン東京へ2023年に入社。2026年5月現在、船内レストランにて提供するオードブルの仕込みを任されています。入社時にまず配属されたのは製菓部門で、デザート作りを経験したのち、オードブル担当へ移ったのは約1年前のことでした。
オードブルを担当するのは、橋本さんを含めて4人。仕込む量は曜日によって大きく変わり、この人数で手分けして作り上げます。
「平日は500食ほどですが、お客様の多い土日だと1,500食を仕込みます」
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ただ数が多いだけではありません。同じ船内でも、開催されるパーティーや会場ごとに料理の内容は異なります。複数の仕込みが同じ厨房で同時に進むため、ホワイトボードで会場ごとのメニューを確認しながら作業を進めます。
「そうしないとメニューや工程が混ざってしまうんですよね」
陸の厨房なら当たり前にできることが、船の上だと一筋縄ではいきません。たとえば計量ひとつとっても、特殊な環境ならではの苦労がついて回ります。
「船が揺れると、秤の表示が20g単位、大きいときには100g単位でずっと揺れ続けるんです。それだと正確に量れないので、計量は船が止まっているときにまとめて済ませるんですよ。特に油や砂糖、醤油みたいに、味に直結するものは停泊中に量っておくようにしています」
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食材の管理にも、船ならではの難しさがあります。冷蔵庫や冷凍庫はあるものの、出港後は手元にない食材を取りに戻ることはできません。
「たとえば急に『あれも仕入れておけばよかった』と思っても、後悔先に立たずなんですよ。だから事前に必要なものを予想して積み込んでおくことと、段取りを組んでおくことが大事ですね」
船上のレストランはシフトも特徴的で、出港時刻を中心に組み立てられています。定時は8時45分から17時45分まで。ただ、運航中は船を降りられないため、サンセットクルーズのある日は19時頃まで、ディナークルーズのある日は21時半から22時頃まで残業になることもあります。
食材も時間も限られた船上で求められる、即興の対応力
橋本さんが働くオードブル部門と、以前に所属していた製菓部門とでは、扱う食材に大きな違いがあります。
「お菓子の材料は、賞味期限に余裕のあるものが多かったんです。でもオードブルは生ものを使うので、袋を開けたら匂いを確認して、鮮度が落ちていないかを確かめながら作業しています」
船の上では、想定通りに調理が進まないことも珍しくありません。料理のコース変更や直前の人数増にも対応しなければいけません。
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「在庫を見て、その時点で使える食材を見極めて調理します。事前に分かっていれば献立をきちんと考えられるんですが、直前のオーダーなら食糧庫にあるもので作るしかないですね」
その都度、何をどう出すのが最善かを判断する。こうした積み重ねにより、橋本さんは臨機応変に対応する力を鍛えてきました。
制約の中で料理を提供しなければならないとはいえ、どんなに急いでいても絶対に間違えてはいけないことがあります。その一つが、食物アレルギーを持っている方への対応です。
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「アレルギーがあるお客様の場合、使用する食材を間違えると命に関わるリスクがあるかもしれません。だから必ず複数人で確認しながら調理するようにしています」
さらに、時間との戦いもあります。1回のクルーズを終えて着岸してから次のクルーズで出港するまでの間隔は、短いときで30分から50分ほどしかありません。
限られた時間で手際よく仕込みを終えなければならないため、あらかじめ段取りを考えておかないと間に合いません。丁寧さとスピードの両立が求められる現場で、橋本さんは一つひとつの作業に細やかな神経を張り巡らせています。
3ヶ月おきに変わるメニュー。開発のチャンスをもらえ「楽しい」
厨房からは、料理を口に運ぶお客様の姿は見えません。それでも、橋本さんのもとには反応が届きます。
「サービスのスタッフが、すれ違いざまに『これ良かったよ』『お客様、喜んでたよ』『すごい盛り付けだったね』って伝えてくれるんです。それがすごくうれしくて」
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お客様が喜んでくれること——それが、橋本さんにとって何よりのやりがいです。
「シンフォニー」のメニューは3ヶ月ごとに切り替わります。橋本さんはその新メニューの開発も任されていますが、簡単ではありません。
「決められた原価のなかで材料を発注して、見映えにも気を配って、仕込みの段取りまで組み立てながらメニューを考えます」
アイデアの源は、会社が参加させてくれる「ランチ会」です。料理人が集まる勉強会を兼ねた食事会で、訪れる店は持ち回りで毎回変わります。
フレンチのクラシックな料理を出す店もあれば、地元の食材を使った料理を出す店もあります。提供されるのはシェフそれぞれのこだわりが表れた一皿。橋本さんは、そこで出会った料理から次のメニューの着想を得ています。
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「出された料理を見て、自分でも真似て作ってみるんです。そこからヒントをもらっています」
まだ自分の案がそのまま採用されたことはないものの、手直しを加えられたものが実際にお客様へ提供されることもあるといいます。
任されること、考えること、そして少しずつ形になっていくこと。難しさを感じながらも、橋本さんは「今の仕事が楽しい」と話します。
「作るのも食べるのも好き」という思いと特殊な環境への興味から、船上の厨房へ
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やりがいを感じながら働く橋本さんですが、そもそもなぜ料理の道に進み、数ある職場のなかから船上の厨房にたどり着いたのでしょうか。その原点は、幼稚園の頃にまでさかのぼります。
「子どもの頃にアニメを観ていたらお菓子屋が出てきて、『かわいい、やってみたい、楽しそう』って思ったんです」
その夢は、成長とともに少しずつ形を変えていったものの「食べるのも作るのも好き」という思いは一貫していました。就職活動で橋本さんが選んだのは調理の道。通っていた専門学校に届いたシーライン東京の求人が橋本さんの目に留まりました。
「『船で結婚式』っていう一文が書かれていて、非日常な感じに惹かれたんです。それで入社を決めました」
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もっとも、いざ現場に立つと思い描いていたイメージとの違いもあったといいます。
「調理場からは、結婚式の会場の様子は一切見えなかったんです。そこはちょっと違ったな、と思いました」
そう振り返って、橋本さんは笑います。非日常への憧れから飛び込んだ、船上の厨房。思い描いていたイメージとのギャップはあったものの、料理人としての歩みは着実に重ねていきました。
遠慮なく質問できる環境が、楽しく働き続けられる理由
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橋本さんが「楽しく働き続けられる」と話す背景には、職場の雰囲気があります。
「何度聞いても、怒られないんです。料理の世界のイメージとしてありがちな『技術は見て覚えろ』という雰囲気はなくて、分からないことはその都度聞けます」
先輩との距離も近いといいます。
「先輩が、家族のことや休日の過ごし方なんかを気さくに話してくれるんです。もちろん私の話にも耳を傾けてくれて。大変なこともありますけど、日常のコミュニケーションのおかげで“楽しい”が勝っていますね」
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前向きに働ける雰囲気の良さを、橋本さんは大切に感じています。一方で、飲食の現場の厳しい現実も目の当たりにしています。
「4〜5人の新人が入ってきても、辞める子が多いです。残るのは1〜2人くらいなんですよ。だからこそ、自分も働きやすい環境をつくる側になりたいなって思います」
入社4年目を迎え、橋本さんは後輩を指導する立場にもなりました。ただ、その役割には難しさも感じています。
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「調理の工程は頭に入っているんですけど、それを後輩に言葉で伝えるのが難しくて。試行錯誤の連続です」
そんな橋本さんが目指しているのは、ただ技術を教えるだけの先輩ではありません。
「メンタルのケアも含めて、現場全体の空気を見て動ける料理人になりたいですね」
自分がまさに先輩に助けてもらっているように、今度は自分が後輩にとって働きやすい環境をつくる側に回りたい。橋本さんは、思い描く料理人になるために日々邁進しています。
【飲食業を目指す人へ】コミュニケーション力が料理人の武器になる
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最後に、これから飲食業を目指す人へ向けて、橋本さんがメッセージを語ってくれました。
料理人に大切な要素として橋本さんがまず挙げたのは、調理の技術以外のスキルです。
「挨拶や礼儀、先輩との接し方といったコミュニケーションも、現場ではすごく大切なんです。それが仕事を回していくための潤滑油になりますから」
加えて、橋本さんは“食べること”を純粋に楽しんでほしいという思いを伝えます。
「自分で食べて美味しいと思えないと、料理を作っていても面白くないと思うんです。だから、まずは食べることを楽しんで、好きになってほしいですね」
さらに、橋本さんはサービス精神の大切さも強調します。
「『お客様に喜んでもらいたい』っていう気持ちがあれば、盛り付けや味付けも自然と考えられるようになるんじゃないでしょうか」
限られた条件のなかでも工夫を重ね、周囲と支え合いながら料理を作り続ける橋本さん。その根底には、技術だけでなく人と真摯に向き合い、食を楽しむ姿勢がありました。
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